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愚痴に対する見方が変わってきた

 

私は、愚痴を否定派だったけど最近それに対する見方が変わってきた。

 

愚痴に対して、私は愚痴を吐いたところで解決法が分かっているなら意味がないことだと思っていた。

そして愚痴を聞くことに関しては、私は聞き上手と言われた時期があったけど

それは相手が満足する答えを言ってあげて褒めてあげるから相手を喜ばせることが出来るから。しかし問題解決に導くわけではない。

 

president.jp

 

ここにも書いてあるけど、褒められ依存ということが起こってしまった。

私はその依存される対象によくなっていて、周りを前に進めてあげることが出来なかったし終わらない愚痴を聞き続けるのが苦痛となっていた。

それで聞き上手(もどき)をやめて具体的に解決策をバンと出す人へと変わった。

 

そうすると私の中で愚痴=悪いものになった。

 

そして、自分が困難に陥っても愚痴を言えないという自分で自分の縛りが出来た。

それは苦痛で、毎度愚痴を吐いてしまう状況を作り出す自分を責め続けた。

次こそはこの状況にならないようにしようと考え続けた。

 

そんな時、先日紹介したココナラというサービスを見かけた。

 

enomoto.hatenablog.jp

 

占いをやったという記事を書いたけど占いの分の金額が余ったので

どこかに使えないだろうかと悩んだ時に見かけたのが悩み相談を聞きますというようなカテゴリーだった。

 

以前、本で読んだことがあったけど確かアメリカでは心療内科の医師をホームドクターとしている人が多くいるらしく、結構気軽に心療内科を利用するらしい。

しかし、私が住んでいるのは日本で、私も何度も心療内科を利用しているけれど今は患者さんも増えて病院側も手いっぱいのところが増えてきて1人の患者に長く時間をかけることが出来ない感じとなっていた。

 

そこで、この悩み聞きサービスをホームドクター(実際に診断はできないけど)

感覚で使うのはどうだろうかと思った。

友人関係だと愚痴を聞くのが嫌な人が愚痴を聞いたところで、聞き手にデメリットばかりだと私は思っている。

友人とはいえども愚痴を聞くのが得意な人と不得意な人がいると思うから

全員が愚痴聞きを出来るとは思えない。

 

それに対して、このサービスだと愚痴聞き側にもお金という対価が入ると思った。

お客様は愚痴を言うことですっきりする。聞き手は聞くことでお金がもらえる。

それに商売としてやる人はよほど愚痴を聞くのが好きとか得意じゃないとやらないと何となく思う。(これは確実性がないけど)

 

 

それで、このサービスを実際使ってみて思うことだけど、もやもやを吐くことは意味があったと思った。

頭でぐじゃぐじゃしてることを人に話すことで自分がこう思っていたのかという意外性などを認識することが出来た。

自分が怒っているとしても、それがどの程度のレベルなのかわからないことがあった。

それを話すことでそのレベルを認識することが出来た。

 

案外、悪くはないのかもしれないなと思った。

けど、あくまで解決するのは自分だということは忘れないでおきたい。