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見下すという行為はあまり無い方が良いと思う

 

世の中で、見下すという行為はあまり無い方が良いのでは無いかなと思う。

まだ、確実に無い方が良いとは断言できないけれど。

 

かくゆう私も見下す人間だった。いや、今もそれは見えないだけで残ってはいると思う。

そして、私の見下すが緩和し始めた頃、一緒にいた見下す性質を持った友人と揉めてその友とはあっという間に友では無くなってしまった。

 

これは、類友であったのが類じゃなくなり意見が合わなくなった瞬間だと思うから

見下すがたまたまそこに絡んできただけのお話だけど。

 

 

私が、確実に断言できないのは私も嫌なことを受けた時、

この人と一緒になりたくないなと言う思いが湧いてしまうから。

それを上手く消化する術を私はまだコントロールしきれていない。

 

私が嫌だと思うのは誰かをどうこう言う悪口だ。

あっちに行くとこっちの悪口。こっちに行くとあっちの悪口。

それが嫌で私は悪口を言う人たちを見下したりしていたと思う。

 

ただ、思い出すとそういう時、そういう人たちは互いに互いのことを見下しあっていた。

表面では綺麗なことを言いつつも、言葉のはしはしで見下していることが垣間見える。

この見下し合いが無ければそもそも悪口というものも生まれなかったのではないだろうかなんて考える。

きっとこれは綺麗事かもしれない。

 

それでも、事情を知らないのに見下し合うことをしなければ

そういうことは無くなるんじゃないかと願いたい。