心からの感情ってこれなんだとやっとわかってきた。

 

本当好きな芸能人とか、綺麗な人とか

周り綺麗だって言ったりかっこいい言うんだけど理解できなくて

本当に、本当に好きな芸能人わからなくて

 

あー多分好きだと思ってるのではないか?自分は?

って自己暗示して生きてきた

 

 

やっぱ、みんなかっこいい言う人とかって

結構大多数かっこいい思ったりするから

あ、そういうもんなんだ!じゃあこの人に対して思うこれがかっこいいって思っている感情なんだろうなあ多分と思いながら生きてきて

 

そしたらジャンルが違う人達と接したら

その人たちは綺麗て多くの人が言ってない層を綺麗で

そこを大きくいうから

あれ、ああ、そこ綺麗だったの?自分知らなかったや

これが綺麗っていうジャンルで自分はこれらに対して綺麗と思うんだろうなあ多分。

 

って具合に自己暗示して生きてきてたんだけど

 

 

 

最近やっと、そういう人たちに対して何にも湧いてない自分を知った。

あと、好きには色々形があるってこともよくわかった。

 

 

やっぱ人間って類友だからそれを好きであることで

そこで繋がるもんだと人間ってそういう繋がり方かな?って

認識で生きてきてたんだけど違った。

 

 

少し前に書いたこの記事がある

 

 

enomoto.hatenablog.jp

 

 

やっぱり思ってた通り自分は公式的とか

大多数がそう思うということはきっとそれが正解なのかな?っと生きてきてた

ことを最近よく痛感するようになった。

 

 

その流れで今GACKTさんの出てる番組をyoutubeで見てて

あ、やっぱりかっこいいと思うなこの人に対してはって

 

そしたら、ビビアンスーさんが出てて

久しぶりに見かけたんだけど「あ、かわいい!この人かわいい!」って

ビビアンスーさんはとってもかわいいやって思えた。

 

女性に対して本当に心からかわいいと思ったのは初めてじゃないかな?

 

 

本気のかわいい、可愛らしい、お世辞のかわいい、化粧したから通常より綺麗になった素敵

 

 

とかこの微妙なラインの振り幅が自分は理解できなかった。

可愛いか興味ないか。そこぐらいの極端な振り幅だったらしい。

 

 

で、思い出すと。

だからって海外系が好きなの?じゃあ?とかとなら無いのが自分

っということもわかってきた。

例えばこの歌手のこの曲好きだ!ってなっても

別にその歌手自体は好きではなくてこの曲をこの歌手が歌うからこそ

好きであったというパターンが多々あった。

 

で、今回もそうみたいで

 

 

あの番組であの服装をしていたビビアン・スーさんだから私は可愛いと思ったし

別の服装のスーさんは別人に見える可能性がある。

 

Gacktさんは考え方が共感できて

この番組のGacktさんは好きではないけどこっちは好きだとかが細かくあって。

 

 

好きって本当に細かい部分があって

安易にこうだからこうって簡単に、むしろ人間って割り切れてる人が多いのが不思議な気がした。

本当にそれって好き?

 

けどみんなは何食わぬ顔だから好きだと思っているらしい。

 

私がやはり変わっているらしい。