耳栓で少し救われた話

 

あくまで自己流だし、場所と場合が限られるんだけど、耳栓に救われた話。

 

 

 まず、幼少期から人から悪口を言われ、父親からも自分を否定され

否定言葉を多く受けた為、人の気分が悪くなる言葉は全て怯える癖があった。

店へ行っても病院へ行っても何も私は相手にしてないし相手も何もしてないけど怯えてた。

 

けど、歳を重ね。自分のことを言ってないことはわかった。

それでも心だけは怯えていた。頭はわかってた

 

そしてそれは言葉だけではなく雰囲気とか物音

そういう感じの部分も含めた上で怯えてることは次第にわかった。

 

けど、それは結局どうも出来なかった。

「気にしすぎだよ」とかは言われ続けてて、それは気にしすぎてんのも自分でわかってた。

それでも気になった。

 

雰囲気が怒ってない場合もあるし

そもそもそれなんてどうでもよくて何より大切なことは自分がどう思うかが大切。

そこまでもわかってたけど出来なかった。

音とか雰囲気に気を取られ自分が本当にどう思ってるかなんて全くわからなかった

どう思ってるの?と言われても答えられなかった。

 

 

それだけわかってても出来なかった自分が次第に悔しくなった。

出来ない自分が惨めだった。

次第に否定されてる気分となっていった

それが自分だけどそれを否定されるから。

自分はバカ素直だから「気にしすぎはダメなこと」とは覚えるけどそれを消化する方法を知らない、そして誰も教えてはくれない。

我慢をするしか方法はなかった。

 

 

そして、その後その思考は間違いだとわかった。

それは自分が自分を否定してることだ。

 

 

 

けどわかったけど、やっぱりどうする?

 

 

そんなとき感覚過敏という言葉を知った

そして病院へ行ったり調べたり過去を振り返り自分は音へ過敏だと知った

 

 

 

周りより自分に響く音が大きく生きてたのだとその時知った。

生まれた時からそうだったから気づけなかった。みんなそうだと思ってた。

 

それからは来るときは耳栓をするようになった。

そうしたら自分を取り戻せた。

 

それまでは主体性を失ってずっと無意味な恐怖と戦ってた自分でいたと気づけた

 

 

耳栓は本当に偉大だ

ありがとう。耳栓