鬱を治すために病院へ行くことが憂鬱です。

 

鬱の症状は高校生からある

けど、鬱の症状は体が重いだるいとかで当てはめると中学からかもしれない

何れにせよずっと鬱状態がある。

 

だからって一日中鬱ではない。

うつ病というわけではない鬱の症状がある別のもの。

 

正確には言わないが年単位で学生時代に病院へ通ってた。

長い歳月が経っても何も変わらなかった。

嫌なものは避けましょう、不安には薬を飲みましょう。

 

年単位で続けた。

根本的なものは変わらなかった。

社会に出たらこの対処は通用しないとわかっていた。

いい加減自分で何か行動しないとと思って本(自己啓発、心理学系)を読んだ。

 

本を読むのはやめてくださいと言われた。

治らないから読んだのになんでと怒りがあったけど、素直にやめた知識はないから。

 

依然としてなんら変わらない日常をまた長く続けた。

得たものはその場しのぎの対処療法を継続したという治療法を学んだことだ。

そして、失ったものは大きい。

 

薬の眠気が強すぎて勉強など手につかなかった

そこそこよかった成績のどん底に落ちるまでのスピードは早かった。

唯一、四年制大学へ行く夢は失せた。

 

その時は絶望だったけれど、そこは今は留まってよかったかと思う。

大学へ行くことを夢にしてしまったら、夢はそこで達成されてしまうからだ。

そこで得られたものがのちにあるかもしれないけど、これは運命でしょ。

 

色々忙しくなって最後はそこへは行かなくなった。

行かなくなった分で心が晴れた。

決して鬱は治らないけど憂鬱な用事は一つ減った。

 

そして数年。また鬱が酷くなる。

自分がわからなくなる。現実味がなくなる。

そして、自分ではどうしようもない困難にぶつかる

諦めて病院へ行く。憂鬱だけど病院へ行く

口コミで調べてましなとこへ行く。

 

それでもまた、あの時と同じ悪夢を見るような気がしてならなくて

 

相手を信じられない自分と

焦ってしまう自分と

焦って注意される自分と

焦るということを止められない自分

止められなくて困ってるのを言ってもわかってもらえない自分

わかってても焦ってしまった自分とか

どうせ変な病院的に面倒な患者のレッテルが貼られてんじゃないかって思う自分

その思考が良くないとわかる自分

 

ぐっちゃぐちゃとなって胃痛がする

今回は信じていいのだろうか

無駄時間と無駄金にならないだろうか

 

医師は適切な処置をした

患者は自分の全力を出した

 

結果はどうも出来なかった

仕方がない

 

それでも仕方がないと割り切れない

仕方がないで生きるくらいならいっそ早死にしたいと思いたい

それでも幸せをいつか掴みたい